セルゲイ エイゼンシュテインってどんな人物か?

「セルゲイ エイゼンシュテイン」がGoogleのロゴに!!

20181月21日、セルゲイ エイゼンシュテインが、Googleのロゴになってました。

「セルゲイ エイゼンシュテイン」ってどんな人かについて書いていきます。

一言でいうと、ロシアの映画監督です。

詳しくは以下のWikipediaを参照してください。

セルゲイ・エイゼンシュテイン- Wikipedia

セルゲイ エイゼンシュテインについて

職業は映画監督。

代表作は「戦艦ポチョムキン」「イワン雷帝」など

1898年1月10日に生まれ。

1948年2月11日に亡くなられています。

出身はロシアのラトビア。

父親は建築家。

主な来歴

ロシアのペトログラード土木専門学校建築科に進学。

1918年、軍隊に入隊し、アマチュア演劇に携わる。

復員後は一時参謀本部アカデミーにて日本語を学び、これが後の映画監督としてのキャリアに多大な影響を与えた。

1920年、モスクワに移住。

1921年、名演出家であるフセヴォロド・メイエルホリド率いる国立高等演劇工房で演劇を学ぶ。

メイエルホリドの助手を務めつつ、映画の勉強を始める。

1924年、映画に移行し、国家映画委員会の仕事で「ストライキ」を製作。

1925年、彼の代表作とされる「戦艦ポチョムキン」を監督。

同作でモンタージュ理論を確立。

モンタージュ理論とは視点の異なる複数のカットを組み合わせて用いる技法のこと。

この手法は映画製作理論のひとつの到達点で、観客の感動を揺り動かす映像言語としての基礎となった。

理論を生み出したことにより、彼は映画史において極めて重要な人物の1人とされている。

その後、いくつか作品をだす。

1948年2月11日、モスクワにて50歳で心臓発作で死去した。

セルゲイ エイゼンシュテインと日本の関係性

モンタージュ理論と日本の関係性は深い。

セルゲイ エイゼンシュテインが一時期、日本人教師に漢字を習っていたからモンタージュ理論が生まれたと言われている。

漢字という象形文字の持つ抽象的な概念を描写的デザインに表現しているという基本コンセプトから、「身」と「美」で「躾」に、「口」と「鳥」で「鳴」になるなど、全く別の意味になるということに興味を持ったという。

このコンセプトを基にモンタージュ理論を開発したという。

これにより彼は有名な映画監督になりました。

以上です。